- お客様事例 2026/02/09 更新
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神奈川県茅ヶ崎市の精密加工メーカーである株式会社由紀精密(以下、由紀精密社)が、2020年に発売したアナログレコードプレーヤー「AP-0」は世界中のオーディオ愛好家から絶賛を博し、現在販売中の「AP-01」もグローバルで需要が高まっています。精密部品の製造や機械の設計を行ってきた同社が、なぜレコードプレーヤーという異分野に参入し成功を収めることができたのかについて、取締役社長の永松 純様に開発経緯や技術についてお伺いしました。

アナログレコードプレーヤー「AP-01」
異分野からレコードプレーヤーの開発に挑む
由紀精密社は、航空や宇宙、医療分野で培った超精密加工技術を誇る企業で、その技術を基に半導体や時計、FA(ファクトリーオートメーション)機器など幅広い業界へ高精度部品を提供してきました。2008年からは宇宙産業分野へ本格参入し、宇宙開発の厳しい要求に応える技術力を磨いてきました。同社の強みは、顧客のニーズに応じたオーダーメイドの開発力と、マイクロメートル単位の精度を追求する職人技です。
「おかげさまで当社の技術力は、多くのお客様から高い評価をいただいてきました。しかし開発の仕事を続けるうちに『お客様の要望に応じて多種多様な製品を作り続けるだけでは、技術が深化していかない。自社独自の製品を作ることが必要だ』と考えるようになったのです」と永松様はAP-0の開発背景について語ります。

株式会社由紀精密
取締役社長 永松純 様
社長には内緒で自社製品の開発に着手
永松様は由紀精密社の3代目社長となる大坪 正人様の打診を受け、新しく立ち上げた研究開発部門のマネージャーとして2014年に由紀精密社に入社しました。研究開発部門では、顧客の要求に応じた高精度部品の開発を行っていましたが、永松様が入社して2年ほどが過ぎた頃、冒頭に述べた技術深化について課題を感じるようになったと言います。そのことに気づかせてくれたのは前職の経験でした。
「以前に勤めていた企業では半導体製造に特化した自社製品を磨き上げることで、他社が追いつけない技術を築いていました。その経験が、自社製品開発の重要性を教えてくれたんです」
しかし、新製品の開発が成功するかどうかは、まったく分からないため、普段の業務を続ける中、市場調査をする時間も余裕もなく、どの分野の製品を作るべきなのかも良い案がなかなか思い浮かびませんでした。それで社長の大坪様には黙って、通常業務の後に永松様の課題感に共感した3名の社員だけで、なるべく時間やコストをかけずにひっそり開発を始めることにしました。
当初考えたのは、永松様の前職で経験があった半導体業界向けの実験装置の開発でした。しかし数ヶ月経っても、ほとんどプロジェクトが前に進みませんでした。
その理由について「自分自身に『これを作りたい!』という熱量が足りないからだ、と気づきました。また、由紀精密社が得意とする加工は、丸いもの、回転するものを精度高く仕上げること。自社の得意とすることを整理することで開発するべきは『レコードプレーヤーだ!』と思いついたんです」と永松様は話されます。幼少期からレコードを聴いて育ち、学生時代にコンサートホールでのアルバイトをきっかけにクラシック音楽に熱中した永松様にとって、レコードプレーヤーは馴染み深く開発意欲が高まっていました。


しかし、永松様以外のプロジェクトを進める若手エンジニアたちにとっては、生まれてから一度もレコードを聞いたことがありませんでした。「ほんとにプラスチックの溝から音が出るんですか?」と不思議がる彼らを永松様は自宅に招き、「こんなに良い音が鳴るんだよ!」と秘蔵のレコードを聞かせたといいます。永松様は「レコードの溝に刻まれた情報を、外の影響を受けることなく忠実に取り出す機械を作りたい」とエンジニアたちに伝えました。
そうして開発が始まったAP-0には、精密加工メーカーである由紀精密社ならではのさまざまな技術が盛り込まれました。レコードを載せて回転する「プラッター」という部品は、揺らぎや振動を極限まで抑えるため、上下2箇所のマグネットの反発力で回転軸を支える構造を採用しました。この構造により、コマのように物理的な支えなしでブレなく回転を続けることが可能となりました。
溝の凸凹から音の情報を読み取る「アーム」には、産業機器に使われるヒステリシスブレーキという部品を採用しました。ヒステリシスブレーキは、急激な動きをブレーキで抑えながら、ゆっくりした動きを可能にする機能を持つため、アームが針の振動で共振することを防げるようになりました。

安定した回転を実現したプラッター

独自設計のアーム
音質を支える部品加工にDMG MORIの複合加工機NTX 1000を採用
AP-01の音質を支える要素は、本体の構造だけにとどまりません。由紀精密社が自社開発したステンレス製の「センタースタビライザー」もまた、レコード再生の精度を根本から支える重要なコンポーネントの一つです。レコード盤は一見すると平らに見えても、わずかな反りや厚みのばらつきをもつため、微小な歪みが回転中の面振れを発生させ、針先の動きを乱す要因となります。レコード回転の中心部に置かれるセンタースタビライザーは、「重し」となって盤面を均一に押さえ込み、回転の安定性を高めることで、情報の読み取り精度を向上させる役割を担っています。
由紀精密社製のスタビライザーの重量は約480 gです。盤面を安定的に抑えながら、レコードラベルの凹凸による干渉を避けるため、底面には緩やかな曲面加工が施されています。
このスタビライザーの製造には、由紀精密社が航空や宇宙産業向けの部品の製造でも活用している、DMG MORIの複合加工機「NTX 1000」が用いられています。高精度な同時5軸加工を可能にするNTX 1000は、複雑な曲面形状や高い面品位を設計通りに一体成形できることから、スタビライザーに求められる精度と美しさの両立を実現することができました。さらに、スピンドルホールの中心と外径の中心を完全に一致させるため、2つの加工工程を段取り替え無しのワンチャッキングで行っています。
素材には、不純物が少なく医療・宇宙分野でも用いられるSUS304を採用し、研磨をあえて行わず金属の挽き目の美しさと確かな質感を際立たせました。

美しい表面が特長的なスタビライザー



アナログの温かさと精密技術の融合
由紀精密社の高い技術力と、DMG MORIの加工技術の融合から音の安定性という確かな価値が生まれました。このスタビライザーは元々、AP-01を購入したお客様のみを対象としたオプション品でしたが、多くのお客様から美しい見た目や高い品質が評価され、次第に単品で販売されるようになりました。そして、出版社主催の「オーディオアクセサリー銘機賞2026」において、数多くのアクセサリー製品の中から見事に部門賞を獲得することができました。
現在、由紀精密社では徹底した電気回路の見直しなどのブラッシュアップを施したAP-01を販売しています。レコードプレーヤーとしてはかなり高額ですが、国内外の「良い音」を追い求めるオーディオマニアを中心に、予想を超える売れ行きを見せています。永松様はアナログレコードの魅力について、「レコードには、私たち人間の『想い』そのものが刻み込まれていると感じます」と語ります。
世の中でレコードが発明されてから約150年。永松様と由紀精密社はこれからも、アナログの温かさとデジタル時代の精密技術を融合させながら、「時空を超える装置」としてのレコードプレーヤーを革新していくことが期待されます。


※組織名・肩書は掲載当時のものになります。
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